声の響きは、いのちの響き
- 浜田靖彦

- 2020年1月23日
- 読了時間: 2分

私の歌は男性にしては高い音域で歌っています。
しかも響く声なので、とても気にいっています。
この声を手に入れることができた理由を考えてみました。
最初に頭に浮かんできたのは、教会の日曜学校の情景です。
大勢の子供たちと一緒に、オルガンの伴奏に乗せて賛美歌を歌う時間が一番好きでした。
小学校時代の6年間は一日も休まずに通いました。
この頃に現在のメロディーとハーモニーの感覚を養うことができたのだと思います。
次に頭に浮かんできたのは、高校時代の自転車通学の情景です。
サッカー部に所属していた私は、持久力を鍛えるために自転車通学をしていました。
当時住んでいた千葉市中央区から鎌ケ谷市までの片道約27kmは、脚力を鍛えるのにちょうど良い距離だったと思います。
バンド活動を始めた2年生以降は、自転車通学の時間が貴重な歌の練習時間になりました。
大型トラックがビュンビュン抜かしていく幹線道路を、
激しいアップダウンを繰り返す田舎道を、大声で歌いながらペダルを漕ぎました。
この頃に、声のスタミナと広い音域を身につけることができたのだと思います。
こうして私の声は、幼少期から青年期にかけて、ほぼできあがったのだと思います。
その後、社会に出てから様々な経験をして、泣いたり笑ったりしたことも、声の形成に関係してるのでしょう。
きっと、私の声は私の人生の証しなのですね。
そして忘れてならないことが、母と私の声が似ているという、いのちの絆への感謝です。
92歳になった母の声が、今でも良く響く高い声なので、きっと遺伝なんですね。
できることならば母とデュエットして録音してみたいなんて夢を見ています。
ナット・キング・コール&ナタリー・コール父娘が歌う「アンフォゲッタブル」みたいに。
今のところ母は嫌がっていますけどね。




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